年齢のせいかひどくなってきた物忘れ

40歳を超えた頃から、物忘れが気になり始めましたが特に気にしていませんでした。もっと上の年代の人達が上回って物忘れをしていたせいもあると思います。

40代半ばになり、芸能人の名前が出てこない、歌のタイトルが思い出せない、お店に買い物に行ったのに何を買いに来たのか忘れるなど物忘れを深刻に感じることもありました。

中でも酷かったのは知人に会ったのに名前が出てこないことでした。声をかける事も出来ず、声をかけられても名前が出てこないので不自然な感じで会話をしていました。

買い物では買い忘れが酷くて、本来買うべき物を買わずに帰って来ることも増えたので何でもメモするようになったんです。ところが、今度はメモを忘れるというお粗末な結果になり落ち込みました。

認知症の研修も受けていたので、物忘れを自覚しているなら大丈夫と自分に言い聞かせていましたが気分は落ち込んでしまいがちでした。

こんなものも試したりしてみました。http://xn--pbky62iu8gorfh6s.xyz/

そこで、忘れても気にしないという自分ルールを決めたんです。

人の名前が出てこない時も、買い物を忘れた時も、洗濯物を放り出して違う家事を始めたとしても笑って済ませる事にしたんです。

気持ちが楽になったのと、忘れた分また動かないといけないので行動的になりました。

物忘れもマイナス面だけではないなぁと実感しています。

昨日も明日も英語で言えず、それでも7年間仕事しました。

昔の会社に入社して3年目で初の海外出張でした。 もう30年も昔の事で、自分が23歳になる年でした。元の会社はある一部上場企業の工事部門が独立して出来た会社で海外案件に取り組み始めたばかりの頃でしたので、自分も廻りもとにかくやる気だけは有ったような感じです。海外出張もやる気と元気だけで指名されたような物で、英語が出来るとか、仕事が出来るは、「現場に行って自分で勉強して来い」という乗りでした。

当然、田舎出身の自分は飛行機に乗るのも初めて、海外も当然初めてで海外に行くのにVisaが要る? どうやって取得する? パスポートってどこで取る? 英語などに気も回らず、とにかくどうやって飛行機に乗るかが先でした。

で、羽田に行き、飛行機に乗ったは良いが、何にも分からず回りの人達と同じジュースを頼み、同じ食事を食べ、一睡もせず、テレビなども今と違って無いのでただ目をつむってトイレも我慢してじっと耐えた数十時間でした。

で、現地の空港に着き、事前に先輩から教えられた通り、パスポートコントロールまでふらふら朦朧とした意識の中で歩き、パスポートを出し、ただただにこにこしてスタンプを押してくれるのを立って待ってました。何を聞かれてもにこにこ、一言も発せず。まだ、英語の一言も発せず。

スーツケースを受け取り、税関へ。何か言っているのは分かりましたが、ここでも先輩に言われた通り、パスポートを出し、にこにこ作戦。 で、「あっち行け、しっしっ」と言う合図を受け、出口へ。 そこに会社が手配してくれた運転手と合流し、ホテルへ。何か運転手が言っているが、聞き取れず、会社から貰ったFAX用紙を見せ、ホテルへ。その日は土曜日で会社も休みでしたので、ホテルへ直行、自力でチェックインしなければならず、「旅行ガイド」だけが頼り。

チェックインカウンター、何か用紙を貰ったけど名前だけを書いて渡して「キー、プリーズ」で、何か言っているけどまったく一言も分からず。その内、何やらどこかに電話しているけど? で会社の人が上から降りてきて一言「お前、英語が喋れないという人は一杯来たけど、本当に一言も喋れないやつはお前が最初だー」とびっくりされるやら、笑われるやら、「たいした奴だ」と感心されるやら。「すこしは日本で勉強してきたのか?」とも言われました。たとえばこういったもので⇒http://xn--n8jr1fn1704b85ipxkhw2a4n4bpbq.xyz/ 。私はNO、といいました。

しばらくの間、会社の有名人でした。その日から英語の特訓(というより意思疎通力、言語力より意思疎通力が海外では必要と実感)し、結局、まったく英語を喋れなかった自分が7年もの長い間、その国にお世話になりました。

少しずつ改善している食物アレルギー

最初は卵、乳製品、小麦などアレルギーがありましたが、5歳になった今では乳製品だけになりました。乳製品はよくお菓子などに含まれており、お菓子選ぶのにも苦労するし、食事を作るのにも家族とは別に作ったり、最終的にはアレルギーの食事に料理を合わせるようになりました。姉弟がチーズなどの乳製品が大好きなので、食べて手についてるまま触ったりするので怖くなり上の子にも気をつけるようにしました。カレーは家族全員これにしました⇒http://xn--ccksu4l4ddgf3d2ec.xyz/

 

一番酷かった時期は包丁やフライパンなども全部別に使って料理をしたりしてましたが、段々と症状が改善してきてから一緒の物で料理をするようになったのです。

 

食事でも家では私が気をつける事で大丈夫だったのですが、外食になるとアレルギー表があるところで食べるようにしましたが、4歳ぐらいまでほとんど外食をした事がなかった為にいざ外食をするとお店ではほとんど食べる事はありません。食べても枝豆やポテトぐらいでほとんど食べないのです。一度結婚式に呼ばれてきちんと除去食を出してもらったのですが、ほとんど食べずに、食べなかったいけないと思いお弁当を作っていっていたのですが、そのお弁当を食べていました。私以外の料理に少しずつ慣れていかなくてはいけないと思ってます。

歩いていただけで骨折してしまった

健康のためには歩くことがよいということで、十年以上も毎日2時間以上歩いていました。最初はあまり好きではなかったウォーキングでしたが、歩いているうちに楽しくなって、ウォーキングのイベントに参加することもありました。イベントのときは5、6時間続けて歩きましたが、平気でした。

ところが昨年、いつものように歩いていると急に右足の小指のところにズキッという痛みを感じました。そしてそれからひどくズキズキして歩くことができなくなり、すぐにタクシーで病院に行きました。病院でレントゲンを撮ってもらったところ、骨折していることが判明しました。

骨折と聞いて私は驚きました。子供のころから骨は強いほうだと思っていたのに、歩いているだけで骨折するなんて信じられません。病院の先生の話では中年になると徐々に骨が弱くなってくるそうです。特に女性は出産後などホルモンの影響もあって、弱くなるのだと言われました。これを聞いて、私ももう若くないのだなと、しみじみと感じました。

年を取るごとに骨は弱くなる一方だと思うので、これからは歩く時間を短くして、骨折しないように気をつけようと思います。そして日ごろから意識してカルシウムを多く摂らなければと思っています。

こういったサプリで補うのもありだと思います⇒骨量 増やす

ポジティブな一生涯ダイエット

わたしが1番気にするようになったのは、太りやすくなったことです。

若いころから太る事にはとても敏感で、常にダイエットをしてきました。なるべく太らないような食事、運動、流行りのダイエットなどを常に試してなんとかスリム体系を維持してきました。疲れるなあと思うこともたたありましたがなんとか若さもあり体重の増減をコントロールすることができていました。しかし歳をとるにつれて、明らかに体重が落ちにくくなってることに気づきました。昔より上手く体重が落ちなくなり心もイライラ、気が立ってることが多くなりました。うまく体系を維持できない上にメンタルもすり減る一方で悪循環の日々が続いておりました。

そこで若い頃には考えなかった、心から綺麗になりたい!内側から綺麗に、無理ない生活をしようと思いついたのです。数字にとらわれる生活ではなくて、普段の生活の中で体を動かしヘルシーな食事をする。

結果的に心に余裕ができてどんどん自分を好きになりました。趣味としてヨガを始め、さらに自分を高めることができるようになりました。

ダイエットは数字を見て食事を減らすのではなくて、自分の体調や生活リズム、体質に合わせて一生涯向き合うものだと思います。ネガテイブなイメージではなくてポジティブに向き合う方が結果的に近道だと実体験から思いました。多くのわたしより若い子たちに間違ったダイエットをしてほしくないです。そして自分自身をより愛して欲しいと思います。

体型だけを気にするならこういった商品もありますわ⇒美ボディ海外セレブ

女性は誘導しましょう

私の主人ははTシャツとジーパンと冬用の上着しか持っていないですの。はっきり言います、センスはないですわ。

過去に私の母と会った時のこと、その時期は冬場だったのですが主人は上着を脱ぐと何故か半袖一枚しか着ていませんでした。これには私も母も絶句してしまいましたわ。ちなみに主人は中肉中背で、筋肉質でも何でもありませんのよ。彼曰く暑いからという事でした。これにはえらい恥をかきましたわ。

コーディネーターに選んでもらうこんなサービスもあるのね⇒普段着レンタル

まあ、主人は元々服に興味がない為、どうでも良いそうですの。

なので主人が服を欲しがった時は一緒に行くようにしていますの。その時は私も一緒に選ぶ様にしています。

彼は、試着するのが面倒だそうで、とりあえず羽織れる物を探す事が多いそうですが、主人の服選びの時はさりげなく自分の好みや、あまり同じものばかりにならないようにさりげなく誘導していますのよ。

そのやり方は誉める事です。主人に似合いそうな物があると、これが良い!!これすっごく似合うよ、かっこいいと言って誉めまくります。やや大げさかもしれませんが、ひたすら誉めます。すると気をよくしてくれるみたいで、これにすると決めてくれます。

何回かこの手を使った事はあります。主人はパーカーを好むのですが、私にまでそれを押し付けるのが嫌ですの。だってあれってダサいじゃありませんこと。

産前産後の過酷さと疲労

産前はお腹が大きくなって足がむくみやすかったり、腰痛があったとしても夫のために毎日朝早く起きてお弁当を作り、朝ごはん夜ご飯も作っていましたわ。

週に1回のお休みの日だけお昼は外食ですがそれ以外は自炊をしていましたわ。出産当日の前日の夜も次の日のお弁当の準備を完璧にして寝ましたのに、夜中に陣痛があり入院しましたわ。

お弁当のおかずや買いだめしていたものが傷んでしまうので夫に近くに住む両親に食材を渡してほしいと言っても料理をすることのない夫は冷蔵庫の中のどの食材が日持ちしないのかする分からず、陣痛に耐える私に無神経にも食材どうするのかずっと聞いてきていて夫に怒ることが今思うと私のいきみ逃しになっていましたわ。

産後入院中は家事もしなくていいので快適だった分、退院後は恐怖でしたわ。実家が遠いということもあり、夫から立ち会いたいので里帰りしないでほしいと言われましたが心底、後悔しましたの。

まず料理の出来ない夫は私が寝ていると起こしにきてご飯作ってと言うし、家事全般出来ないということもあり、掃除すらどうやればいいのか聞いてくるので常にイライラ。

退院した翌日から夫のお弁当も作り、家事もして育児もしていたのでこんなにも何の役に立たない夫しかいないなら里帰りすればよかったと本当に思いましたわ。

当時はお金もなかったので思いつかなったけど、今ならこれに申し込みたいですわね⇒産後家事代行東京

 

自己紹介をいたしますわ

私は、エリス。

このブログでは私の日々感じたことをお話しますわ。

ジャンル?そんなものはありませんのよ。

そうね、しいていえば私、「エリス」がジャンルかしら。

そう「エリス」ね。いいこと、ジャンルは「エリス」

私は、いま主婦ってものをしているわ。

そう、主婦だけ。だって私は、エリスだから。

なので、愛する夫がいますわ。エリスが愛する夫なので、エリス夫。

そのまんまですわね。いいですわ。

そんな夫と感じた日々をエリスの目線で綴っていきますわ。

お楽しみしていてください。ほっほっほっほ。